1. はじめに
日本の農業は深刻な人手不足に直面しています。農業就業者数は約116万人にまで減少し、その多くを65歳以上の高齢者が占めています。令和10年には約32.8万人の労働力が不足すると推計され、産地の維持すら困難になる地域も少なくありません。こうした状況を受け、政府は特定技能制度における農業分野の受入れ見込数(5年間の最大値)を78,000人と設定し、外国人材の活用を国策として推進しています。
本記事では、農業事業者の皆様が特定技能制度を活用するにあたって知っておくべき実務情報 ── 農業分野ならではの制度特徴、協議会への加入手続き、業務範囲、受入れの流れと要件 ── を中心に解説します。特定技能制度の基本についてはこちらをご覧ください。
2. 農業分野の特徴
特定技能の全16分野の中で、農業分野には他の分野にはない独自の制度設計がなされています。農業事業者が押さえておくべき主な特徴は以下の4点です。
派遣形態での受入れが可能
特定技能制度は原則「直接雇用」ですが、農業分野と漁業分野に限り、例外的に「労働者派遣」が認められています。天候や季節によって作業量が大きく変動する農業の特性を踏まえた特例措置であり、繁忙期のみの受入れなど柔軟な人材活用が可能です。
2つの業務区分
農業分野は「耕種農業全般」と「畜産農業全般」の2区分に分かれています。耕種は栽培管理、畜産は飼養管理が主たる業務です。それぞれの区分に対応した技能測定試験が実施されています。
特定技能2号あり
農業分野は2号の対象です。2号に移行すれば在留期間の上限がなくなり、家族帯同も可能になります。2号では1号の業務に加えて管理業務にも従事でき、複数従業員を指導しながら工程を管理する役割が期待されます。
派遣元・派遣先の要件
派遣元には、農協等の農業関連団体であること、地方公共団体が実質的に関与していること等の要件があります。派遣先には、農業を営む個人・法人であること、労働者の雇用経験があること、派遣先責任者の設置が求められます。
3. 協議会への加入
農業特定技能協議会とは
農業特定技能協議会は、農林水産省が設置する組織であり、特定技能(農業分野)の制度の適正な運用を確保するために設けられています。受入企業、登録支援機関、関係行政機関等で構成され、各地域における受入れの実態把握、情報共有、課題の協議等を行っています。特定技能外国人を受け入れるすべての企業は、この協議会への加入が義務づけられています。
加入費用
協議会への加入費用は無料です。
加入時期・方法
令和6年6月15日以降、協議会への加入は在留資格申請前に完了しておくことが必須とされました(従前は申請後4か月以内の加入で足りましたが、要件が厳格化されています)。加入手続きは、管轄の地方農政局・農政事務所に連絡の上、所定の書類を提出して行います。
全国9地域の窓口連絡先
協議会の窓口は全国9地域の地方農政局・農政事務所に設置されています。
| 地域 | 担当機関 | 管轄都道府県 | 電話番号 |
|---|---|---|---|
| 北海道 | 北海道農政事務所 | 北海道 | 011-330-8807 |
| 東北 | 東北農政局 | 青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島 | 022-263-1111 |
| 関東 | 関東農政局 | 茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川、山梨、長野、静岡 | 048-600-0600 |
| 北陸 | 北陸農政局 | 新潟、富山、石川、福井 | 076-263-2161 |
| 東海 | 東海農政局 | 岐阜、愛知、三重 | 052-201-7271 |
| 近畿 | 近畿農政局 | 滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山 | 075-451-9161 |
| 中国四国 | 中国四国農政局 | 鳥取、島根、岡山、広島、山口、徳島、香川、愛媛、高知 | 086-224-4511 |
| 九州 | 九州農政局 | 福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島 | 096-211-9111 |
| 沖縄 | 内閣府沖縄総合事務局 | 沖縄 | 098-866-0031 |
4. 業務範囲
農業分野の特定技能における業務は、「耕種農業全般」と「畜産農業全般」の2区分それぞれについて、主たる業務と関連業務が明確に定められています。
| 区分 | 主たる業務 | 関連業務(付随して従事可) |
|---|---|---|
| 耕種農業全般 | 栽培管理 土壌づくり、施肥、播種・育苗・植付け、間引き、除草、整枝・剪定、摘花・摘果、防除、収穫 等 |
農産物の製造・加工(洗浄、選別、箱詰め等)、運搬・陳列・販売、除雪作業、農業用施設の維持管理 等 |
| 畜産農業全般 | 飼養管理 給餌・給水、温度管理、畜舎清掃・消毒、個体の健康観察、搾乳・集卵、出荷準備 等 |
畜産物の製造・加工(食肉加工、乳製品製造等)、堆肥の製造・販売、運搬・陳列・販売、畜舎・付帯施設の維持管理 等 |
技能実習2号からの試験免除対象職種は、耕種が「施設園芸」「畑作・野菜」「果樹」、畜産が「養豚」「養鶏」「酪農」の計6職種です。これらの技能実習2号を良好に修了した方は、技能測定試験および日本語試験が免除されます。試験の詳細は共通解説ページをご確認ください。
5. 受け入れまでの流れ
特定技能外国人の採用から就業開始まで、概ね以下のステップで進みます。国内在住者の場合は1.5〜3か月、海外からの採用では3〜5か月程度が目安です。
お問い合わせ・ヒアリング
必要人材の要件(耕種/畜産の区分、人数、時期、業務内容等)を整理し、制度上の要件との整合性を確認します。
雇用経験の確認
農業分野特有の要件です。労働者を一定期間以上雇用した経験があるかを確認します。この要件を満たさない場合は受入れ不可のため、最初に確認することが重要です。
人材の選定・面接
国内在住者または海外の候補者から適切な人材を選定し、オンラインまたは対面で面接を実施します。
雇用契約の締結
報酬、労働時間、業務内容等の労働条件を明示した上で雇用契約を締結します。日本人と同等以上の報酬であることが必須です。
農業特定技能協議会への加入
在留資格申請前に加入完了が必須です。管轄の地方農政局・農政事務所に連絡して手続きを行います(無料)。
支援計画の策定
1号の場合、義務的支援10項目を含む支援計画を策定します。自社実施または登録支援機関への委託が可能です。
在留資格の申請
出入国在留管理庁に対して、在留資格認定証明書交付申請(海外から)または在留資格変更許可申請(国内在住者)を行います。
入国・事前ガイダンス
海外からの場合はビザ取得後に来日。事前ガイダンスや生活オリエンテーションを実施します。
就業開始
業務スタート後も、定期面談と継続的な支援を実施します。四半期ごとの定期届出も忘れずに行います。
6. 受入企業の要件
農業分野で特定技能外国人を受け入れるには、分野共通の要件に加えて、農業特有の要件を満たす必要があります。以下は農業事業者が特に注意すべきポイントです。
(1)雇用経験要件(農業特有)
受入企業が労働者を一定期間以上雇用した経験、またはこれに準ずる経験を有していることが求められます。技能実習生やパートタイム労働者の雇用実績も含まれますが、家族のみで経営し外部の労働者を雇用した経験がない場合は、要件を満たしません。他分野にはない農業特有の要件であり、最初の段階で確認が必要です。
(2)日本人と同等以上の報酬
同一の業務に従事する日本人従業員と比較して不当に低い報酬となっていないことが審査されます。単に最低賃金を上回ればよいというものではありません。
(3)社会保険への適正加入
法人は健康保険・厚生年金保険、個人事業主は国民健康保険・国民年金の適用関係を確認する必要があります。労災保険・雇用保険への加入も必須です。
(4)農業特定技能協議会への事前加入
在留資格申請前の加入完了が必須です(詳細は「3. 協議会への加入」を参照)。
(5)派遣形態の場合の追加要件
派遣元事業者には、農協等の農業関連団体であること、地方公共団体が実質的に関与していること等の要件が課されます。派遣先にも雇用経験要件および派遣先責任者の設置が求められます。一般的な人材派遣会社がそのまま参入できる仕組みにはなっていません。